錦の京極あたり 
夏の終わりに、夕刻の京都、四条烏丸
鉾町にある会社を出て、ガレージに向かう前
この時にもまだ
祇園囃子の練習の音が、後ろ手に聞こえる
弟が飲食店を始めたから、欲しい物があった
今夜だけ…
四条通りから一筋うえの錦小路を歩く
狭く窮屈な道幅と、隙間なく二間ほどの店が
両側に百m以上も続く、空は、
空はアーケードで空が見えない。空が隠されて
いなくても、この土地は
千年間も、十分に光が射し込んだことが
あったのだろうか
早仕舞い、大半の店はシャッターを閉じ
総菜を投げ売りする店、鱧の頭やアラを
(煮)出し取りに売る店
若い人達の店も増えた。いっこうに店を閉じずに
仕事のことで言い争いをしている
「頑張れよ、父親を早くなくした私も母や弟と一緒に、一生懸命働いた」
久し振りに歩く錦小路、この前は、確か…
何もかもが物珍しかった、あの頃
あの娘と一緒に歩いた/同じ様にカップルが歩いていた
「そんなだらしない格好じゃなかったぞ」
思わず声を掛けそうになった
「失礼なことだ」
疲れているのか、いや残暑のせいか
目頭が熱くなった
突然堺町通りを(北から)若い女性が下がって来て
東へと、錦通りの私の前を歩き出した
古い装いで、あの娘に似た姿で
女性のラインを目頭に映し、しっかり歩く
距離は縮まらず、私は何かを追いかけていた
彼女を抜き去るのが辛くて
できなかった
やがて彼女は錦小路の行き当たり、京極通りの
強烈に明るい繁華街の光のなかに消えた
「幸せでいろよ」と、呟く
彼女が消えた錦小路の突き当たりは錦天満宮
付近に古来清水が湧き、錦は市場として繁栄した
天満宮はここでは商才の神様だ
恋人達が嬉しそうに鈴を鳴らせる横で
お詣りを済ませ―店を始めた弟に届けよう―
求めた牛の描かれた絵馬を握るとき
突然に、涙が溢れた
ヒカリは、走馬灯のように私の廻りで巡り
気が付くと、四条通りまで下がっていた
どうしていたのだろう。戻っていたのだ
青春に…
「京都の小路は、ときどき時空が崩れる」
今まで、行き帰りも自動車ばかりで
いつも繁華街の夕暮れを避けていた
自分もこの歳になって若者が昼を避け
深夜に遊ぶのとは、逆に…
四条通りをガレージまで戻り始めた
行き交うのは派手なOL達
あるものは歩道で友人と二人で喋りながら
またあるものは自転車で振り向きざま
同僚に別れを告げながら…
日本の女性達は通勤に奇麗にする
多分これが、主婦達が夕暮れ
スーパーに身支度を整えて出掛ける起源だ
家事、仕事から解放されて
社交所に向かう
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