詩のコーナー

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幾度なく話された夏の言葉に…愛を込めて…
(哲学的文法論)               


沈黙!シッー!
言葉は常に真実にもとづいている。
しかしいつか真実は覆い隠され、誰しもがいつも無意味な世界へと不安を、他人に語りだしている。
例えば現実に非ざる事実が仮定的に話されるとき、いつも私たちは別の私か他人に出会う。
「もし私が(あの人が)…だったら、…(というひと)だろう。」
「だったら」、仮定する意識は過去へと問いかけ、
まだ見ぬ、そして見たこともないような過去を、「だろう」、現在に結びつける。
沈黙!

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あなたは覚えているだろうか、あのひどく若く、幼い日に見た太陽
あの真夏の太陽は、ずっと長い間、実は沈んだことがない
それは二人で遊びに行った海のかなた、あの水平線のかなたの「伝説の郷(サト)」を、二人は
「まだ見ていない」からだ

果たしえぬものを…長く過ぎた時間のなかで…二人の心がたぎったこともある
あの忘れえぬ夏の日々と、あれも遠い秋、紅葉と落ち葉のなか、胸が高鳴り
どうして幼なじみのあなたが眩しくなったのか、何が間違いだったのだろうか
あの灰色の雲に縁取られた山道に疾風(ハヤテ)が吹き、胸は荒(スサ)び
二人は離れて気がつけば、私もあなたも大人になっていた

初めと終わりのない…季節の繰り返し…そしてその恐ろしさ
あの夏に帰り、たどり着こうとすれば、いつもそこに理由を見つけてしまう
悪しきものよ、苦痛の種よ、不自由なるもの
いまだに私たちはあの太陽を、手の中にも入れず、胸の中にも灯していない

あの夏の日のあと…悔恨をともなう…確かにもうひとつ上品な情事があった
即物的なダンスのような出来事だった、大人同士がふざけあい、体の問題を含み
お互いを犠牲にするだけの恋いの物語、添い遂げるほどの愛着もなく
絶望の花の色で、無残にして皮相な未来を微笑みに隠した
気がつけば別々の岸辺に泳ぎ着いて、仕事が終わるように、何も残らなかった

恋い色の太陽と澄んだ青空の下…その空間にあなたの声が血まみれで響く…
昔のように少女のように泣き叫び、あなたに何が起きたのか、あとで聞いた
あなたは不思議な世界に行った
だれにも障壁をつくり、だれかをそしり、だれかを見下しているそうだ
昔よりも身を飾ることが多くなった

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こうしてこのけだるい夏の昼下がり、恋した男の子は一人で砂浜に残されて
今も沈むことのない太陽に身を焼いている

沈黙! もし「…だったら」、 …「問いかけ」は残る…
なぜならあなたがここにいない限り、答えは帰って来ない「だろう」から、沈黙!

初恋のひとよ、もうあなたが私の妻であることはないだろう
この世の何がそうさせたのか、その答えは二人のまぶたのなかにだけある
あのいつまでも沈まない「太陽」のなかにある
沈黙!シッー!


朗読があります。ここ

詩集「夜桜は散り落ちて」に所収。冨澤守治・パーソナル・ウェブサイト